こどもの命を守る、睡眠中の安全管理 ~保育施設で起きる突然死や、預かり初期の危険性など~

 
眠っているはずの乳児に近づくと、ぐったりして息をしていない。睡眠中、何の前ぶれもなく乳児を襲う突然死が、乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)です。
SIDSは未だ科学的な原因解明に至っていませんが、睡眠時におこる無呼吸からの覚醒反応の遅延が基本的病態であることが知られています。完全に予防するのは難しいですが、保育中にSIDSが起こる状況を知り、日頃から予防に取り組むことはできます。
新入園、進級などで環境の変わる新年度に向けて、改めて最新の知識を学び、緊急時に備えましょう。
 

1. データから見る保育施設における死亡の実態

 
保育中の死亡数は平成25年(2013年)の19人をピークに、毎年10人以上が亡くなっていました。
近年それは減少傾向となり、平成29年(2017年)以降は10人を下回り、令和2年、令和3年はともに5人となっています。
もちろん私たちは保育中の死亡数ゼロを目標にこどもの命を守る努力をしているわけですが、一方で悲しい出来事が存在することも忘れてはなりません。
 

 
そうした中で死亡原因の推移を見ると、平成25年に亡くなった19人のうち16人(84.2%)が睡眠中の死亡でした。
しかし近年では、保育に携わる皆さんがたいへんな努力をされて睡眠中の安全管理を行っていることにより、死亡の減少につながっているのです。
なお令和2年、3年に起こった睡眠中の死亡はそれぞれ1件でした。
 
また乳幼児突然死研究の専門家である小保内俊雅先生が2014年に発表された論文によると、保育施設での死亡数が多かった2008年から2012年までの死亡を詳細に分析したところ、5年間で59人が亡くなり、そのうち50人(84.7%)が睡眠中の死亡でした。さらに59人のうち55人(93.2%)が、0才〜2才すなわち3歳未満でした。
 
したがって保育睡眠中(午睡中)の安全管理や定期的な確認を行うことは、保育者にとって大きな負担にはなりますが、こどもの命を守るための最も重要なポイントであることを強調しておきたいと思います。
 

2. SIDS/乳幼児突然死症候群について

 
略して「シズ」と言われることも多く、乳児の睡眠中に起こる突然死であることは広く一般にも知られていますが、その原因は科学的な解明に至っていません。
しかし世界中の研究者による長年の努力により徐々にその姿が見えてきています。
SIDSは冒頭に述べたように、睡眠時無呼吸からの覚醒反応が遅れることで起こり、うつぶせ寝の方が仰向け寝より覚醒反応が遅れることが分かってきました。
しかし、なぜうつぶせ寝で覚醒が遅れるかのメカニズムはまだ解明されていません。
なお、SIDSはうつぶせ寝による窒息事故ではありません。
 
これについてSIDS研究の第一人者と言われる仁志田博司先生(東京女子医大名誉教授)の著書では、「SIDSは未熟性をもって生まれる人類の宿命である」と説明されています。
仁志田先生は、「私たち人間は高い知能を獲得した結果として脳が大きくなり、産道から問題なく生まれるためには脳をはじめとした身体的能力が未成熟な状態で早めに生まれる必要がある。例えば他の哺乳類は生まれてまもなく一人で立ち上がり、母親から母乳を飲むことができるが、人類では歩くのに1年かかる。このように多くの生体機能に未成熟が残っているため、機能が確立するまでの一定期間はどの乳幼児にもSIDSが発生しうるリスクがあると考えられる。こうした未成熟な乳児期には顔が見える仰向き体位が重要である。」と強調されています。
仁志田先生の著書「赤ちゃんの生命を守るあおむけ寝」(2022年11月発行)はSIDSについて過去の経緯から最新情報までを詳しく、分かりやすく解説されており、医学的知識がない人でも読めるのでお薦めの一冊です。
 
SIDSの危険因子は、うつぶせ寝、人工栄養、両親の喫煙環境、そしてうつ熱(熱がこもる)もリスクを高めると言われています。
さらに、アメリカ小児科学会が提唱する「トリプル・リスク・モデル」という概念があり、多くのSIDS研究者から支持されています。これは、「SIDSはたった一つの原因で発生するのではなく、発育時期(乳児)、乳児自身の内的要因(遺伝や妊娠中の喫煙など)に加え、外的ストレス要因(うつぶせ寝、人工栄養、両親の喫煙など)の3要素が重なり、それらの合計が一定の閾値を超えることで発生しているのではないか」という考え方です。
 

3. 保育中にSIDSが起こる状況

 
2006年に行われた第9回SIDS国際会議(神奈川県横浜市)において、SIDS撲滅活動に取り組まれている中村徳子さんとの共同研究で「保育預かり初期のストレスとSIDS危険因子」というテーマで、保育施設で起こった31例のSIDS調査について発表を行いました。
その際に最も注目したのが「ストレス」です。
ストレスには身体的なストレスと心理的なストレスがありますが、そのどちらもSIDS発生に大きく関わっていることがこの調査によって分かりました。
 

1)預かり初期

 
この時期は生まれて初めて母親から離れるという心理的ストレスに加え、集団生活による感染源への接触や疲労などの身体的ストレスがかかります。調査では預かって1週間以内のSIDS危険度は1〜2ヶ月後の4倍、さらに2ヶ月以降の17倍という結果でした。したがって預かり初期の「慣らし保育」はとても重要と考えられます。
 

2)うつぶせ寝

 
31例の調査では61.3%がうつぶせでの発見でした。この中には自分で寝返りをうってうつぶせになったと考えられるものもあります。またうつぶせ状態になってから比較的短時間で呼吸停止になったと疑われる報告がありました。
 

3)体調不良

 
SIDS発生当日の体調が良くなかったという報告が7割近くありました。具体的には微熱がある、ミルクの飲みが悪い、食欲がない、軽い風邪のような症状、機嫌が悪い、よく泣く、何となくいつもと様子が違う、など身体的ストレスの存在が疑われます。
 

4. 保育環境における突然死防止のために

 
前記した小保内先生の調査では、保育睡眠中の死亡原因にはSIDSの他に、窒息、病気が判明したもの、そして不明もあります。また年齢も0才だけでなく、1才、2才にも睡眠中の突然死が起こっており、保育睡眠中の突然死はSIDSだけではありません。
しかしこうした睡眠中の突然死が起きた時の状況は、私たちが2006年に調査したSIDS調査と類似していることが分かりました。
したがって保育睡眠中の突然死全体を減少させるためには、SIDS予防と同様の方法を0才から2才(3才未満)まで行うことがすすめられます。
それらはSIDSのところで上げた、入園時の慣らし保育、睡眠時の安全管理と仰向き体位の維持、こどもの体調把握です。
 
睡眠中の安全管理でもっとも重要なことは、仰向き体位の維持です。
寝かせるときは必ず仰向け、寝返りを発見したら仰向けに戻すことを薦めます。横向き体位は推奨できません。アメリカ小児科学会によると、横向きは「換気が悪い、熱の放散が悪い、うつぶせになりやすい」という3つの理由で推奨していません。
 
また「うつぶせでないと寝ない」、「うつぶせだとよく寝てくれる」、などのお話もよく聞きますが、前掲のアメリカ小児科学会は「眠りから覚める能力は、睡眠中のストレスへの重要な防御反応であり、乳児が眠り続ける能力は必ずしも生理学的に有利なことではない」と説明しています。
うつぶせのこどもを仰向けに戻したら起きて泣いてしまう、その声で他のこどもも泣き始める……これは睡眠を妨げる良くない出来事と思うかもしれませんが、目を覚ますのは正常な反応と割り切って、慣れていくようにした方が良いと思います。
 
睡眠中は定期的に、できるだけ頻回に確認を行いたいです。
よく「何分おき?」と聞かれますが、間隔が短いほど呼吸停止からの発見が早くなるということですから、一概に何分という決まりごとにするのではなく、施設の保育環境を勘案した中で出来る限り頻繁に確認するということだと思います。
確認の際には目視だけでなく、こどもの体に軽く触れることを薦めます。
見るだけとは違い、体温や体の動き、汗や皮膚の状態など様々な情報を得ることができるからです。
さらに触れることで緩やかな刺激を与え、無呼吸になりやすいと言われる深い睡眠から浅い睡眠へ誘導することができます。当然ですが、うつぶせになっていたら仰向けに戻してあげましょう。
 
睡眠センサーは保育者による管理の隙間を埋めてくれたり、補助的なサポートをしてくれますが、保育者による確認を代わってくれるものではありません
センサーには体動を感知するマット型、傾きを感知するクリップ型、映像で監視するカメラ型などがありますが、どのセンサーも設定されている項目を限定的にモニターしているもので、必ずこどもの異常を発見できるというものではありません。
センサーは保育者による確認と相乗効果を上げるように、補完的な使い方をすべきです。
 

5. 乳幼児の心肺蘇生を練習しましょう

 
最後に乳児・小児の心肺蘇生訓練を強くお薦めします。
睡眠中に呼吸停止した場合、いち早く発見し、ただちに心肺蘇生を行うことが唯一の生還のチャンスです。
また、こどもの心肺停止は呼吸停止が先行することが多く、低酸素状態を改善するため人工呼吸を省略せずに行うことが大切です。新型コロナウイルス感染症が流行している間、成人への心肺蘇生は胸骨圧迫のみが推奨されますが、こどもに対しては(たとえコロナ流行中でも)できるだけ人工呼吸を省略しないことが国際的に(日本も)推奨されています。
 
心肺停止は日常よく起こることではなく、突然の緊急時として発生します。それだけに一度習ったことがある人も、忘れないように練習を繰り返しておくことが大切です。 こどもの命を守れるよう、予防と応急手当を常に身につけておきましょう。
 

執筆者プロフィール

 
有限会社マスターワークス
代表取締役 伊東 和雄 様

 
1992年に一般市民を対象とした応急手当の教材開発、教育者育成、講習実施を目的としたマスターワークス社を設立。プログラムは成人用と小児用の2種類を開発し普及に取り組んでいる。現在まで30年以上にわたり保育者を対象とした教育施設や大学、保育施設などで乳幼児の心肺蘇生や応急手当の指導を行うとともに、近年は保育睡眠中の突然死予防プログラムの開発、啓蒙を行っている。
講師としての主な活動は、横浜女子短期大学保育センター講師(乳幼児救急法)、早稲田大学スポーツ科学部非常勤講師(救急処置法)、聖路加国際病院 BLS研修講師など。
キャリアアップ研修の「保健衛生・安全対策」なども担当している。

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