小学校生活へつながる園生活の環境づくりとは

 
幼保小連携というと、「年長児クラスで何をすべきか」「就学に向けて小学校の先生とどんな取り組みをすべきなのか」と考える保育者が多いかもしれません。
子どもたち自身が「小学校」を意識するのも年長児になってからが多いと思います。園での就学を意識した指導計画も年長児後半からが中心で、実際の子どもの姿に沿った適切なタイミングでしょう。しかしながら、そこに至るまでの土台づくりの時期があり、その積み重ねが大切になります。それはいつからか、何をすることなのか整理しましょう。
 

1.幼保小連携とは

 
幼保小連携とは、「幼児期の教育と小学校教育の接続を達成するために、保育所・幼稚園・認定こども園などと小学校が相互に協力することと定義され、具体的には幼児と児童との交流、教師と保育者との交流や合同研修などを指す」と示されています。この連携の大切さが指摘されるようになった背景には、1990年代より注目され始めた「小1プロブレム」があります。
 
小1プロブレムとは、「小学校1年生の教室において、集団行動がとれない、授業中に座っていられない、先生の話を聞けないなど、学級での授業が成り立ちにくい状況が数か月にわたって継続する問題」とされます。この状況を改善するために、園生活の中でも小学校生活にスムーズに移行するよう準備をするべきではないか、という考えのもと始まったのが「アプローチカリキュラム」です。
 
アプローチカリキュラムとは、「就学前の幼児が円滑に小学校の生活や学習へ適応できるようにするとともに、幼児期の学びが小学校の生活や学習で生かされてつながるように工夫された5歳児のカリキュラム」と示されています。あくまでも、遊びと生活を通して学びに向かう姿勢や態度を育むためのカリキュラムであり、学習の準備ではありません。
 
以上のように、近年、保育者には、子どもたちが小学校生活を円滑にスタートするための様々な取り組みをすることが求められています。そして、次に挙げる要点を捉えながら保育を展開することが大切です。
 
まず、園では一朝一夕ではなく、中・長期的に継続して取り組み、園生活での“育ち”を、小学校での“学び”の場面へ連続性をもってつなげるよう意識すること。また、小学校での学びに向かうための子どもたち自身の姿勢や態度を育むこと、そして園と小学校が相互に協力すること等が挙げられます。
 
実際に、それぞれの地域や園・小学校では、様々な取り組みが行われています。主に、交流活動や情報交換、教員間の相互参観や合同研修、連続性を持った指導計画の作成などがあります。その他、就学に向けての資料作成、専門家を交えた調査や会議などの実践もあります。
 
最近では、インターネット検索をすれば、様々な自治体や園での具体的な実践例を知ることができます。園や学校、地域の状況に応じて実施していることを理解しながら、様々な実践例を学びましょう。これら取り組みのすべてが連携のために必須というわけではなく、内容や回数の設定には柔軟性が必要だということには留意しましょう。
 
継続的に取り組むためには課題も多くあります。園児の就学先が多様化しているため、柔軟性を持った取り組みが求められますし、担当が替わったり教職員の異動があったりするので、保育者・教員同士の継続的な人間関係の構築は保障されません。
 
また、保育者も小学校の教員も日々の業務に追われ、打ち合わせや研修のための時間の確保が困難であることは否めません。さらに、地域性や園の実情、子どもの実態など、流動性や多様性が高く、適切な連携の一貫性を示すことが難しいといえます。
 
そのような中で、保育者は何に着目して取り組めばよいのでしょうか。まず、小学校とは異なる園の特性や保育者の強みを把握し、園として、または一保育者としてできることは何かを再考しましょう。
 

2.園生活と小学校生活

 
就学によって様々なことが変化するのは周知のことですが、改めて園生活と小学校生活を比較してみましょう。
小学校生活は、緩やかな園生活と異なり、年間カリキュラムに応じて時間割が定められており、日課も細かく決まっています。登下校においては、基本的に保護者の送迎はありません。子どもたちが自分で判断する機会が増え、教室移動や身支度などは休み時間のうちに自分で行うことが通常の姿となります。
そして、保育者と共に過ごす園生活と比べ、休み時間や朝の活動時間など、教室に先生がいないこともあり 、子どもだけで過ごす時間が増えます。校舎は園舎よりも広く、園生活よりも多様な人間関係があります。
 
一見、まるで違う生活環境のように思われますが、共通点も多くあります。
まず、園も小学校も、子どもたちには所属クラスがあり、自分たちの教室があります。そのクラス集団での活動が生活の中心で、クラスメイトと共に学んだり遊んだりして過ごします。
園でも小学校でも、担任の先生がいて、先生の話を聞いたり問いかけに応じたりします。また、日中は園や小学校で過ごしますが、それ以外は家族と共に家庭で過ごし、そこから園や小学校に通っています。
つまり、一日の半分以上を過ごす環境は家庭であり、就学の前後でも基本的には変わっていないといえるでしょう。その家庭に対し、学校や園からはお便り(紙媒体やインターネット)が発信され、情報を共有することも共通事項といえます。
 

3.幼保小連携と「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」

 
実は、異なる点も共通点も、子どもに身につけてほしい態度や意欲は「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」にあることに気付くことができます。
 
例えば、小学校で先生が話をするときは静かに聞くという場面については「道徳性・規範意識の芽生え」や「社会生活との関わり」が関係します。授業中に発表したり意見交換をしたりするような場面については「思考力の芽生え」や「言葉による伝え合い」、授業を受ける場面そのものについては「自立心」「道徳性・規範意識の芽生え」「社会生活との関わり」等、多くの「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の要素が見受けられるのです。
なお、ここに挙げた例はごく一部で、他にも多くの要素を小学校生活の中から見出すことが可能です。
 
保育の中で、一人一人の子どもの主体性や自立心を大切にするとともに、集団の一員である自分を子ども自身が知る、ということに着目すると、小学校生活につながる要素が見出しやすくなるのではないでしょうか。そして、これらについては、年長児になってから意識するものではありません。
 
例えば、園のどのクラス集団の中にも、発達に応じた約束事があります。
最初は「じゅんばんこに使う」や「玩具を決まった場所に片付ける」など、簡単な約束事を知ったり守ったりすることを経験し、徐々に複雑な約束事に触れるようになっていきます。
 
また、人と関わる中で、相手を意識し尊重しながらコミュニケーションをとる経験も大切にしています。最初は大人との1対1の関係から始まり、徐々に対人関係の範囲が広がっていき、様々な感情体験を積むようになっていきます。
 
このような園生活の日々の積み重ねが社会生活の土台となり、それがアプローチカリキュラムの一端を担うことになっているのです。新しい事や非日常的なカリキュラムに取り組む前に、日々の保育の営みを丁寧に見直してみましょう。
 
その際に着目してほしいのは、「自己主張」と「自己抑制」の育ちです。
子どもが自身の意欲的な思いを言葉や態度で表現することは、自己の育ちの過程で大変重要です。同時に、少し我慢したり、気持ちを抑える体験をすることも、大切な自己の育ちになります。
 
「ちょっと楽しくないけれど、みんなと一緒にやってみよう」「飽きちゃったけれど、先生が“大事なお話”って言っているから聞こう」などのように、自分の思いを調整する経験が、いずれ小学校生活の中で生かされるようになると期待されます。
 
園生活の中で保育者が場面や時間を調整しつつ、そのような機会を設け、「一緒に遊んでくれて嬉しかったよ」「お話を聞いてくれてありがとう」などと、子どもの気持ちを受け止めながら、集団の中で子ども自身が示した態度をしっかり認めていきましょう。
 
年長児クラスになったら、朝の始まりの時間などに、話したいことがあったら手を挙げて、名前を呼ばれてから話したり、一定時間、座る姿勢をきちんと整えるように意識する取り組みもできます。集団の中で、子どもたち一人一人の自己を主張する力と抑制する力の双方が育つことが、クラス集団そのものの育ちにもなるのです。
 

4.家庭との連携と小学校生活

 
ある小学校の校長に1年生を受け入れる際に知りたいことを尋ねたところ、次のような話を聞きました。
 


どのような子どもたちが入学するのか当然知りたいが、入学した以上は、すべての子どもたちと毎日向き合っていく中で、教員が自分自身で子ども一人一人に対する理解を深めていく。書類上のある程度の情報を参考に、あとは日々自分たちで「子どもを知っていく」と考えている。それよりも、保護者の様子を知りたい。小学校では直接保護者と会ったり話したりする機会があまり持てないので、子どもの生活の背景がなかなか見えてこない。園の先生方が把握していたり感じたりしていることを教えていただけると心強い。


 
前述した園と小学校の違いの中の、「保護者の送迎の有無」が関係してくることがわかります。小学校の先生には、毎日保護者とやり取りをしている園の保育者とは異なる不安があるようです。そして「子どもは園や学校以外の時間を家庭で過ごす」という共通事項がいかに重要か、ということも見えてきます。
 
保育者は、保護者と共に子どもの育ちを支えている、という認識を持って子どもと関わっており、保護者の様子も家庭生活の様子も、日々のやりとりの中で比較的把握しやすい立場です。ここから、幼保小連携の一つの方法として、個人情報の取扱いに十分配慮したうえで、子どもの様子と共に保護者を含めた生活背景についても意見交換する、ということを挙げることができます。
 
また、保育者が小学校の先生と保護者をつなげる機会を設けることができます。例えば、ちょっとした行事の際に小学校の先生を招き座談会の機会を設けるなど、かしこまった場よりもざっくばらんに話ができる場を提供し、いわゆる橋渡しの役割を担うことが可能です。
 

5.家庭は子どもの安全基地

 
さらに、就学の前後で変わらない「家庭での生活」を整える大切さを保護者に発信することも、保育者の重要な役割です。
小学校はこれまでとは異なる生活の場ですが、帰宅すれば、以前と変わらない家庭という生活の場があります。子育て支援の一環として、家庭で子どもが規則正しい生活リズムを継続して送ることができるよう保護者へ働きかけましょう。就学を機に子どもの生活が一変したり、急に不規則になったりするのは好ましくありません。変わらざるを得ない出来事や新しく始めることがあるのであれば、子どもの心身の健康を第一にスローステップで始めるよう、保護者に助言することも望まれます。
 
子どもにとって家庭は安全基地で、ここを拠点に園や学校に通い、多かれ少なかれ緊張感をもって日中過ごします。家庭に帰ってきたら、緊張を緩め、心身ともに休息し、安心できる家族のもとで健康を回復できる環境を用意してほしいのです。この、家庭が子どもにとって安心の場となる環境づくりは乳児期から始まり、その支援・援助をするのは保育者の役割の一つでもあります。小学校生活にむけた準備は、乳児期から持続的に行われるものといえるのです。
 
以上、乳幼児期から始まる小学校生活に向けた援助や配慮について述べてきました。目の前の子どもの様子を捉え、保育実践の中で就学前の園生活で育ってほしい事項を、まずは再確認しましょう。同時に、小学校学習指導要領にも一度目を通し、園児が就学後どのような教育課程で生活を営み学習するのかを把握しておくことも、大変有効です。保育を計画する一助とし、本稿読者のみなさんにすべての園児のための接続教育のよりよい担い手となってほしいと願います。
 
*「保育・幼児教育・子ども家庭福祉辞典」(2021,ミネルヴァ書房)を一部引用・参考にしている。
 

執筆者プロフィール

 
名古屋柳城女子大学 准教授 菊地 篤子
 
⼤妻⼥子⼤学⼤学院家政学研究科児童学専攻修士課程修了後、高等学校非常勤講師(家庭科)、乳幼児健診心理相談員、教育委員会特別支援教育コーディネーターなどを経て、小田原短期大学保育学科にて教授を務める。現在は、名古屋柳城女子大学こども学部において、家庭生活と園生活の連続性や子どもを取り巻く大人たちの役割について研究を行う。また、静岡県下の教育委員会 就学支援委員として、障害の種類、程度等に応じた適切な就学に関する支援を行っている。臨床発達心理士。
著書は『ワークで学ぶ保育内容「人間関係」』(みらい)、『ワークで学ぶ保育内容 乳児保育Ⅰ・Ⅱ』(みらい)、『アクティブラーニング対応 乳児保育II: 一日の流れで考える発達と個性に応じた保育実践』(萌文書林)など著書多数。

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